はじめに
サッカーのスタッツ分析において、xG(ゴール期待値)とxGOT(枠内ゴール期待値)は、チャンスの質とシュートの質を定量的に評価するための重要な指標です。xGは試合中継でも取り上げられることが多く、すでに広く認知されている印象がありますが、xGOTは日本のサッカーファンにとってまだ馴染みの薄いスタッツかと思います。
本記事では、これらの指標の定義や活用方法について、実例を交えながら解説します。
1. ゴール期待値(xG)
1.1 定義
ゴール期待値(xG)は、シュートが放たれる前の状況に基づき、あるシュートがゴールとなる確率を0~1の数値で表す指標です。
ポイントはこの「前の」の部分で、xGの算出にシュート後の要素(シュートの威力や軌道など)は一切考慮されません。つまり、xGはシュートの質ではなく、チャンスの質を評価する指標であるといえます。
xGについては、本家大本のStats Perform社が同社メディア「Opta Analyst」内の記事で詳しく解説しているので、併せて参考にすることをおすすめします。
1.2 考慮される要素
xGは過去の類似するシュートの情報を用いて算出されます。考慮される主な要素は以下のとおりです。
シュートの位置(距離・角度・配置)
ペナルティスポット付近からのシュートは、ゴールまでの距離が近く角度も有利なため、xGは高く算出されます。一方で、タッチライン際からのシュートは、ゴールから距離が遠く狭い角度からのシュートとなるため、xGが低くなります。
シュートの種類
一括りにシュートといっても、利き足、逆足、ヘディング、ボレーなど、その種類は様々です。例えば利き足のシュートはヘディングのシュートに比べて成功率が高くなる傾向にあるため、xGは高く算出されます。
アシスト(パス)の質
グラウンダーのパスは浮き球のパスに比べてシュートの難易度が低くなる傾向にあるため、xGは高く算出されます。
相手選手のポジショニング
DFとの距離が離れている場合やGKの体勢が崩れている場合は、より高いxGが与えられます。一方で、DFとの距離が近く、シュートコースが限定される場合は、xGは低くなります。
ペナルティキック(PK)の固定値
多くのモデルでは、PKは過去の成功率に基づき概ね0.76前後のxGが与えられます。
2. 枠内ゴール期待値(xGOT)
2.1 定義
枠内ゴール期待値(xGOT: Expected Goals on Target)は、シュートが放たれた後の結果に基づき、あるシュートがゴールとなる確率を0~1の数値で表す指標です。
xGがシュート前の状況に基づきチャンスの質を評価するのに対し、xGOTはシュートの枠内位置や威力などに基づきシュートの質を評価します。
xGOTはしばしばPSxG(Post-Shot Expected Goals)という名称も用いられます。筆者のインフォグラフィック等ではFBrefを参照しているので同サイトに揃えて後者を用いていますが、本記事では一般的な呼称である前者を使用します。
xGOTについても「Opta Analyst」で詳しく解説されています。
note.com
2.2 考慮される要素
xGOTはxG同様、過去の類似するシュートの情報を用いて算出されます。考慮される主な要素は以下のとおりです。
シュートのゴール内での位置
GKの手が届きにくい上部コーナーにシュートが飛んだ場合、xGOTは大幅に上昇します。逆に、GKの正面に飛んだ場合はxGOTが低くなります。なお、xGOTはその名前のとおり枠内シュートのみに適応されるモデルであるため、それ以外のシュートのxGOTは全て0となります。
シュートの威力と軌道
強い威力で直線の速い軌道の場合は、GKが反応しにくいため、xGOTが上昇します。一方で、弱い威力で遅い軌道の場合は、xGOTが下がります。
3. 指標の活用方法と解釈
3.1 G-xG
実際の得点(G)とゴール期待値(xG)の差を示します。例えば、得点数がxGを上回った場合は、与えられたチャンスから期待される得点以上の成果を残したと評価します。一般的にG-xGがプラスであれば「Overperformance」、マイナスであれば「Underperformance」と呼びます。
稀にG-xGが決定力(≒シュートの質)を表す指標として用いられているケースを目にしますが、前述のとおりxGはシュートが放たれる前の状況に基づき算出されるため、厳密には誤りです。
出典:Spencer Mossman (@fc_mossman) / X
上の画像はXで有益なスタッツ分析の発信を多くされているSpencer Mossman氏の作成したシュート数とxGあたりのG-xG(PKを除く)のプロットです。シュート数が増加するほどxGあたりのG-xGの範囲は小さくなっていることが分かります。このように、G-xGは運の要素も多分に含むため、長期的には収束する傾向にあります。
3.2 xGOT-xG
与えられたチャンスの質(xG)とシュートの質(xGOT)の差を示します。例えば、xGOTがxGを上回った場合は、与えられたチャンス以上の得点を生み出す質のシュートを放っていると評価します。
例えば、世界中のグーナーを熱狂させたライスのこのゴール(0:37~)は、xG=0.06、xGOT=0.71でxGOT-xGは+0.65と大幅なプラスであるため、与えられたチャンスを大きく上回る質のシュートを放っていると評価します。
マルムシュのこのゴール(1:44~)は、xG=0.23、xGOT=0.14でxGOT-xGは-0.09となります。この場合、ゴールではあるもののシュートの質は低かったと評価します。
3.3 (xGOT-xG)/xGOT
xGOT-xGはxGOTと相関があるため、xGOTが高いほど評価されやすい指標です。より正確なシュートの質を測る際はxGOTの値を抑制した(xGOT-xG)/xGOTを用います。
筆者はここからさらにxGOTが極端に小さい場合の回避策として分母に補正値1を加え、Zスコアでデータの分布を正規化したNSE(Normalized Shot Efficiency)を考案しました。
上が最終的な計算式です。μとσはサンプルにおける(xGOT−xG)/(1+xGOT)の平均値と標準偏差をそれぞれ表します。
上の図はxGOTとxGOT−xG(ともにPKを除く)をプロットしたものです。FBrefを参照しているためPSxGと表記していますが、ここではxGOTと読み替えてください。データの散らばりを見て分かるとおり、xGOTとxGOT−xGは相関しています。
一方で、xGOTとNSEのプロットでは、xGOTとxGOT−xGのプロットよりもxGOTの低い選手のシュートの質が高く評価されていることが分かります。まだ試行の段階ですが、指標として一定の信頼はおけると思っています。
3.4 その他の指標
他にもシュートの質を測るスタッツはいくつか存在しますが、以下の理由によりここまで紹介したスタッツには劣ります。
Goal conversion %
シュートあたりのゴール数を表します。決定機を3本外した選手とペナルティエリア外からのシュートを3本外した選手が同じ評価となります。
Shots on target %
シュートあたりの枠内シュート数を表します。シュートを全てゴールの中央へ放った選手とシュートを全てゴールの隅へ放った選手が同じ評価となります。
Goals/Shots on target
枠内シュートあたりのゴール数を表します。Goal conversion %やShots on target %よりは正確ですが、やはりxGとxGOTを考慮できていません。
xGOT/Shots
シュートあたりのxGOTを表します。xGが考慮されないため、PKでゴールの右隅に3本シュートを放った選手とペナルティエリア外からゴールの右隅に3本シュートを放った選手が同じ評価となります。
xGOT/xG
xGあたりのxGOTを表します。xGが小さい場合に極端な値が出てしまう点、xGOTとxGの値が大きくなるほど増加率が逓減する(増加率が一定ではない)点でxGOT-xGに劣ります。
3.5 ゴールキーパーの評価への応用
xGOTはゴールキーパーのパフォーマンス評価にも用いられます。クリーンシートやセーブ率はチームの守備力に左右されますが、xGOTは枠内シュートが得点になる確率を表しているため、ゴールキーパー個人のセービング能力を評価できます。
例えば、あるGKが合計5.0のxGOTのシュートに直面し、実際に3失点だった場合、そのGKは期待値より2.0多くゴールを防いだことになります。この指標はGoals prevented(FotMob)やPSxG-GA(FBref)と定義されます。
こうした計算により、質の高いセーブを多く行うGKと、簡単なシュートを多くセーブしているだけのGKを区別することができます。
4. 24/25シーズンのランキング
4.1 G-xG
それでは実際に24/25シーズンの欧州五大リーグのCFのスタッツを見てみましょう。
90分あたりのG-xGのランキングには、レテギ(アタランタ)やマルムシュ(フランクフルト、現マンチェスター・シティ)、ウッド(ノッティンガム・フォレスト)らが並びます。彼らが優秀なストライカーであることは間違いないですが、現状の活躍は「Overperformance」であるといえます。
下位10選手はこちら。GoalsとxGOTは相関しているので一概に運のみが悪いとは言えませんが、「Underperformance」であることは確かです。
4.2 xGOT-xG
xGOT-xGのランキングはG-xGと似た顔触れになっています。オヌアチュ(サウサンプトン)やロドリゴ・ムニス(フラム)など、短い出場時間で印象的なプレーを見せている選手が上位に入っていることからも分かるとおり、G-xGと同様に運の要素も少なからず影響しています。
下位10選手も同じ傾向です。ジョタ(リヴァプール)やラウタロ・マルティネス(インテル)など、ビッグクラブに所属する選手も名を連ねます。
4.3 NSE
最後にNormalized Shot Efficiencyの上位10選手を紹介します。xGOT-xGと比較すると、ベッカー(レアル・ソシエダ)やニコラ・ペペ(ビジャレアル)など、限られた試行回数で良質なシュートを放っている選手が新たにランクインしています。
5. まとめ
これまでの分析から、各指標の定義と活用方法は次のように整理できます。
xG(ゴール期待値):チャンスの質
シュート前の状況(シュート位置、距離、角度、アシストの種類、相手DFの配置など)をもとに、チャンスの質を評価します。
xGOT(枠内ゴール期待値):シュートの質
シュート後の結果(シュートのゴール内での位置、威力、軌道など)をもとに、シュートの質を評価します。
G-xG:得点実績との差異
実際の得点(G)とゴール期待値(xG)の差を示し、得点数がxGを上回れば「Overperformance」、下回れば「Underperformance」と評価します。
xGOT-xG:フィニッシュ効率
与えられたチャンスの質(xG)とシュートの質(xGOT)の差を示し、選手がどれだけ効率的に得点に繋げたかを評価します。
このように、各指標はそれぞれ異なる視点からシュートを評価しているため、分析の目的に応じて適切に使い分ける必要があります。
さいごに
xGとxGOTはシュート前後の状況からチャンスとシュートの質を評価します。特にxGOTは「枠内シュートの質」と「ゴールキーパーのパフォーマンス評価」という、従来のスタッツでは解釈の難しかったパフォーマンスを定量化します。これらの指標を活用することで、チームや選手のシュート効率をより正確に評価することができます。
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